と、女2012年11月01日

読み応えのある短編集です。

 『ある男』 木内昇 文藝春秋 2012/9 (写真)


明治初期。
中央の政治の変化に、
地方の暮らしは揺さぶられ、
その揺れの中に身を置く男たちの物語。

全7編。

それぞれの男の名前は明かされず、
ただ、「男」、と語られます。

それでも、
その立ち居振る舞いの描写や、
なまりある言葉に、
「男」の姿は生々しく浮かび上がってきます。

明治というときが、どのようであったか、
まるで、
「男」の肩越しに覗き見るような読みでありました。


とはいえ、
描いた作家も、
読んでいる私も、
今、ここに生きる者ですから、
そこには、
今ここにある問題や物語を感じないわけにはいきません。

そんなわけで、
一編一編の物語を読み進むうちに、
これは、
これから社会に出ようとする、
若い人にこそ読んでもらいたい本だと思うようになりました。


価値観の揺らぎや、
政治への不信感。停滞感。
新しい社会を期待し、求め続けているのに、
なぜこうもうまくいかないのか、変わらないのか。
悪いのはだれか。
敵はなにか。

どうすればいいのか、なにをすればいいのか。


そんなとりとめのない問いを浮かべたり沈めたりしながら、
物語の「男」たちの顛末を読み得てもらいたい。



そしてもちろん描かれているのはその「男」だけではありません。

「男」を囲む名前のある男たち。

中には歴史の教科書に載っている名前の男もいて、
彼らが「男」にとってどのような存在であるのか、
そこに時代の混迷を窺うことができました。


そして、「男」に添う女たち。(名前あり)

この女たちの存在が、
登場が少ない分だけ、
実はけっこう大きいのです。


男の物語ではあるけれど、
女の物語でもあります。

「男」、と、女。



意味深です。

そもそも変わりたいと思っているのだろうか。日本。と思う。2012年11月08日

タイトルに目が留まり、

 『なぜ日本は変われないのか
       日本型民主主義の構造』

著者を知って読もう!と思い、
 
 山本七平

出版社を見て、知らないなぁ…スミマセン。

 さくら舎 

手にしてみると、
出版は2011年12月。

ですが、
1975年に「季刊 歴史と文学」(講談社)に連載された
「日本型民主主義の構造」をまとめたものとありました。 


山本七平 といえば、

震災後、
これ面白れぇ!読む?
と、カメ係から渡された

 『「空気」の研究』(文春文庫)の著者。

その『「空気」の研究』を読みながら、

 『日本人とユダヤ人』(イザヤ・ベンダサン)

を、もう一度ちゃんと読みたい…と思いつつ今に至っております。

というか、どちらかというと、その前に、
『「空気」の研究』をまたもっとちゃんと読みたいと思っているのですよ。



思って、
いるんですよ。



そして『なぜ日本は変われないのか』。

ほんとうにね、なんでやろ…と思うので、
興味深々で読み始めたのですが、
私の知識・教養足らずで、
気づくと、ぼんやり文字を拾うだけの流し読みになってしまっていました。

しかも、
図書館の返却期限も迫っているので、
流れゆくものは流したまま。


それでも、
印象的な言葉や文章に反応すると、
そこではちょっと立ち止まって考えてみたりしました。

例えば、
「総政治化」と「非政治化」。

例えば、
太平洋戦争開戦時と終戦時の新聞記事。


それから、
「組織的家族(システマテイック・ファミリー)」。

“組織的家族集団は、何らかの客観的公理などに基づく権威を主張してはならない。公的な一つの基準に基づいて「公平」に裁定を下すなら、その者は“権力的”という非難のもとに、調和を乱す者として排除される。従って、最も非権威的な者が指導者になる” 
                 (p,181 第四章本文要約)


立ち止まって考えていると、
ふと、先日読んだ小説『ある男』の男たちの姿が浮かんできました。

彼らと、
今を生きる私たちと、
何が違うんやろ。

変わらない。
変われない。 

35年以上も前に書かれた文章なのにねぇ。

1991年に亡くなられた山本七平さん。

ご存命なら、
今の日本をどう分析しはるんやろ。



できればもうちょっとわかりやすい言葉でお願いしたい。


そういう意味でこの本は、
各章の始めに見開き2ページで要約が載っていて、ありがたかったです。
 (ちょっとはわかったような気になれたので)



なるほど、さくら舎。
 (HPを拝見しました)



そして本はとっとと図書館に返却いたします。
 (次の人が待っているからね)

おひさしぶりです。チョムさん。2012年11月17日

 『アメリカを占拠せよ!』 ノーム・チョムスキー
                  松本剛史/訳 ちくま新書 2012/10 (写真)

版元の新刊案内で、
チョムスキーさんの名前を見たときは嬉しかったです。

なにしろご高齢ですから。(1928年生まれ)


アメリカのニュースを見聞きするたび、
特に、
「オキュパイ(occupy 占拠)」運動や、
大統領選のニュースに触れたとき、
チョムスキーさんは今、何を語るのだろう、
と思ったりしました。

その「語り」を、
講演やインタビューをまとめたこの本で読むことができました。


ノーム・チョムスキー。

(勝手に「チョムさん」と呼んでいる私は失礼なやつですね…スミマセン)



チョムさんの本を読んで驚いたのは、
これまで大きすぎてよくわからなかったアメリカが、
細かに分かれて見えてきたように思えたことでした。

それまで、
アメリカという国は、超大国で、先進国で、
自由の国で、平等の国で、成功の国で、
見上げてあこがれる、大きな大きな塊の国。
と、思っていました。

大人になって、いろいろなニュースを知っても、
それはそれであったとしても、
アメリカの大きな塊感は揺るぎませんでした。

長く読み散らかしてきた、
児童文学やYAの本で、
差別や貧困に苦しむ子どもたちの物語を読んでも、
小説で、
不正や理不尽な出来事を読んでも、
それはそれでお話しやし、エンターテイメントやし…。
と、
それはそれ、で、
やはり、アメリカはアメリカのまま、
塊はカタマリのまま、
ぼんやりと大きく、なにもかもがよろしい国、と思っていました。

なんとなく。
特に何を気にすることなく。


でも、
読み散らかし続ける物語のあれもこれもに、
差別や貧困や不正といったものがなくなることはなく、
だんだんと、どういうことだろう?と思うようになりました。

その「?」がかなり溜まったころに、
チョムさんの本に出会ったのでした。

というか、
だからこそチョムさん(の本)が気になって、
つい、手に取って読んでしまったのだろうと、
今では思います。



さて、そのチョムスキー氏の最新の語り。

繰り返し繰り返し、
いくつものインタビューで語られる言葉は率直でわかりやすく、
(わかりやすい。と思わせてくれ、)
そして厳しい。


その中で、特に印象に残ったのは、
若い人たちについて語った言葉でした。

 “若者の多くは無関心に陥っているとよく言われますが、私が思うに、むしろそれはあきらめや、無力感なのではないか。けれども人はみんな、自分が無力ではないことを学べる。”(p,178)


そう、
「自分が無力ではないことを学べる」のは、
若者に限ったことではないしね。

と、
今はもう、
若い人たちの背中を見守る歳になった私も、
そう思って励まされたのでした。


そしてチョムさんはこうも語っています。

 “力を持った民衆は、よほどのことがなければあきらめはしない。しかしそれには努力が必要なのです。”(p,68)



アメリカの大統領選はオバマ大統領が再選となりました。

日本でも昨日、衆院が解散し総選挙が行われることになりました。
投開票は12月16日。
東京では都知事選もあります。


投票を続けるたびに無力感を積み重ねてきた私ですけど、
まだあきらめきってはいませんよ。

だから投票から逃げるつもりはありません。


努力を。

ちいさな努力ではあるけれど、
努力をして、
私は無力ではないことを、
感じていたいと思います。



日々の暮らしの中で。
ちいさくても確かなコミュニティーの中で。
些細な出来事の中で。

My NAME is MiNA2012年11月20日

『肩胛骨は翼のなごり』の前の物語です。

 『ミナの物語』デイヴィッド・アーモンド
           山田順子/訳 東京創元社 2012/10 (写真)

“あたしの名前はミナ。”

からはじまる、
ミナの物語。

ミナがノートに綴る言葉は、
ミナのそのままを語ります。


自由、
でありたいために、
ひとり、
でいることを選んだミナ。

自由、
ではあるけれど、
思うがまま、
ばかりではないことのいくつかについて、
考えるミナ。


そんなミナに、
つきそいながら読んでいたつもりが、
いつのまにかミナに重なって、
一緒に夜をのぞきこみ、
庭にある「あたしの木」に登り、
ブラックバードの巣を見守り、
お隣りのマイヤーズさんの家の様子をながめ、
やがて越してくるマイケルを見つけていました。


そして一緒に考えました。

「あたし」の気持ちを表す言葉を探し、
ミナはその言葉をノートに書き、
私はそれを読んでいきました。


そういう本読みは、
不思議なほどに気分がいいのでした。



それからミナはマイケルに言います。

“「あたし、ミナ!」”


それで私は、
『肩胛骨は翼のなごり』を再び開いて、
マイケルとミナの続きの物語を、
もう一度読みたいと思いました。

どこにいても同じ月。2012年11月26日

そんなわけで(どんなわけかは省略)、
私のカメ係代行継続が決定しました。

といっても、
この頃はカメ係の仕事ってあんまりないんですけどね。

餌、欲しがらないし。

あげても食べないし。

あとは、
どのタイミングで冬眠支度(ベランダから部屋の中へ引越)をするか。
です。




思えば、
カメ係を引き継いでもう3か月になります。

それでここにきてようやっと、
当初の計画に向けて進むことが可能となりました。


安堵したと同時に、
これまでどれだけ心配や不安を抱えておったか…。
ということに気づきまして、
なんやもう、
ぐだぐだ、です。

気ぃぬけて、
力ぬけて、
ぼ~っとして、
眠くてしかたありません。



一時は、
関係者さんに文句を言いたくてしかたないときもありました。
誰も信用できず、
国内での相談窓口を探してみたりもしました。

こっそり。 と。



でも今は、
それら関係者のみなさまに感謝申し上げたいと思います。



ほんとに、大変でしたよね。

「こんなことは初めてなんです…」っていってましたもんね。

それを仕事にしている人が初めてという事態に、
私たち個人(しかも初心者)がどうやって対応できるというのでしょう。。。


なにがどう動いて結果が出たのかわかりませんが、
しみじみとよかったです。 と思います。


この件に関して、多くの人にお世話になりました。
ありがとうございました。

そして、
もうしばらくお世話になります。
引き続き、よろしくお願いいたします。<(_ _)>




それにしても、
日程的にギリギリやったねぇ。

綱渡りやねぇ。


我が家っぽいよねぇ。  アアヤレヤレ。




写真は数日前の最寄駅前の夕空。

月が、帰り道の私を出迎えてくれました。

まだ、心配があって心細くもあったから、
月の出迎えに心がなごんだのでした。