おひさしぶりです。チョムさん。 ― 2012年11月17日
『アメリカを占拠せよ!』 ノーム・チョムスキー
松本剛史/訳 ちくま新書 2012/10 (写真)
版元の新刊案内で、
チョムスキーさんの名前を見たときは嬉しかったです。
なにしろご高齢ですから。(1928年生まれ)
アメリカのニュースを見聞きするたび、
特に、
「オキュパイ(occupy 占拠)」運動や、
大統領選のニュースに触れたとき、
チョムスキーさんは今、何を語るのだろう、
と思ったりしました。
その「語り」を、
講演やインタビューをまとめたこの本で読むことができました。
ノーム・チョムスキー。
(勝手に「チョムさん」と呼んでいる私は失礼なやつですね…スミマセン)
チョムさんの本を読んで驚いたのは、
これまで大きすぎてよくわからなかったアメリカが、
細かに分かれて見えてきたように思えたことでした。
それまで、
アメリカという国は、超大国で、先進国で、
自由の国で、平等の国で、成功の国で、
見上げてあこがれる、大きな大きな塊の国。
と、思っていました。
大人になって、いろいろなニュースを知っても、
それはそれであったとしても、
アメリカの大きな塊感は揺るぎませんでした。
長く読み散らかしてきた、
児童文学やYAの本で、
差別や貧困に苦しむ子どもたちの物語を読んでも、
小説で、
不正や理不尽な出来事を読んでも、
それはそれでお話しやし、エンターテイメントやし…。
と、
それはそれ、で、
やはり、アメリカはアメリカのまま、
塊はカタマリのまま、
ぼんやりと大きく、なにもかもがよろしい国、と思っていました。
なんとなく。
特に何を気にすることなく。
でも、
読み散らかし続ける物語のあれもこれもに、
差別や貧困や不正といったものがなくなることはなく、
だんだんと、どういうことだろう?と思うようになりました。
その「?」がかなり溜まったころに、
チョムさんの本に出会ったのでした。
というか、
だからこそチョムさん(の本)が気になって、
つい、手に取って読んでしまったのだろうと、
今では思います。
さて、そのチョムスキー氏の最新の語り。
繰り返し繰り返し、
いくつものインタビューで語られる言葉は率直でわかりやすく、
(わかりやすい。と思わせてくれ、)
そして厳しい。
その中で、特に印象に残ったのは、
若い人たちについて語った言葉でした。
“若者の多くは無関心に陥っているとよく言われますが、私が思うに、むしろそれはあきらめや、無力感なのではないか。けれども人はみんな、自分が無力ではないことを学べる。”(p,178)
そう、
「自分が無力ではないことを学べる」のは、
若者に限ったことではないしね。
と、
今はもう、
若い人たちの背中を見守る歳になった私も、
そう思って励まされたのでした。
そしてチョムさんはこうも語っています。
“力を持った民衆は、よほどのことがなければあきらめはしない。しかしそれには努力が必要なのです。”(p,68)
アメリカの大統領選はオバマ大統領が再選となりました。
日本でも昨日、衆院が解散し総選挙が行われることになりました。
投開票は12月16日。
東京では都知事選もあります。
投票を続けるたびに無力感を積み重ねてきた私ですけど、
まだあきらめきってはいませんよ。
だから投票から逃げるつもりはありません。
努力を。
ちいさな努力ではあるけれど、
努力をして、
私は無力ではないことを、
感じていたいと思います。
日々の暮らしの中で。
ちいさくても確かなコミュニティーの中で。
些細な出来事の中で。
松本剛史/訳 ちくま新書 2012/10 (写真)
版元の新刊案内で、
チョムスキーさんの名前を見たときは嬉しかったです。
なにしろご高齢ですから。(1928年生まれ)
アメリカのニュースを見聞きするたび、
特に、
「オキュパイ(occupy 占拠)」運動や、
大統領選のニュースに触れたとき、
チョムスキーさんは今、何を語るのだろう、
と思ったりしました。
その「語り」を、
講演やインタビューをまとめたこの本で読むことができました。
ノーム・チョムスキー。
(勝手に「チョムさん」と呼んでいる私は失礼なやつですね…スミマセン)
チョムさんの本を読んで驚いたのは、
これまで大きすぎてよくわからなかったアメリカが、
細かに分かれて見えてきたように思えたことでした。
それまで、
アメリカという国は、超大国で、先進国で、
自由の国で、平等の国で、成功の国で、
見上げてあこがれる、大きな大きな塊の国。
と、思っていました。
大人になって、いろいろなニュースを知っても、
それはそれであったとしても、
アメリカの大きな塊感は揺るぎませんでした。
長く読み散らかしてきた、
児童文学やYAの本で、
差別や貧困に苦しむ子どもたちの物語を読んでも、
小説で、
不正や理不尽な出来事を読んでも、
それはそれでお話しやし、エンターテイメントやし…。
と、
それはそれ、で、
やはり、アメリカはアメリカのまま、
塊はカタマリのまま、
ぼんやりと大きく、なにもかもがよろしい国、と思っていました。
なんとなく。
特に何を気にすることなく。
でも、
読み散らかし続ける物語のあれもこれもに、
差別や貧困や不正といったものがなくなることはなく、
だんだんと、どういうことだろう?と思うようになりました。
その「?」がかなり溜まったころに、
チョムさんの本に出会ったのでした。
というか、
だからこそチョムさん(の本)が気になって、
つい、手に取って読んでしまったのだろうと、
今では思います。
さて、そのチョムスキー氏の最新の語り。
繰り返し繰り返し、
いくつものインタビューで語られる言葉は率直でわかりやすく、
(わかりやすい。と思わせてくれ、)
そして厳しい。
その中で、特に印象に残ったのは、
若い人たちについて語った言葉でした。
“若者の多くは無関心に陥っているとよく言われますが、私が思うに、むしろそれはあきらめや、無力感なのではないか。けれども人はみんな、自分が無力ではないことを学べる。”(p,178)
そう、
「自分が無力ではないことを学べる」のは、
若者に限ったことではないしね。
と、
今はもう、
若い人たちの背中を見守る歳になった私も、
そう思って励まされたのでした。
そしてチョムさんはこうも語っています。
“力を持った民衆は、よほどのことがなければあきらめはしない。しかしそれには努力が必要なのです。”(p,68)
アメリカの大統領選はオバマ大統領が再選となりました。
日本でも昨日、衆院が解散し総選挙が行われることになりました。
投開票は12月16日。
東京では都知事選もあります。
投票を続けるたびに無力感を積み重ねてきた私ですけど、
まだあきらめきってはいませんよ。
だから投票から逃げるつもりはありません。
努力を。
ちいさな努力ではあるけれど、
努力をして、
私は無力ではないことを、
感じていたいと思います。
日々の暮らしの中で。
ちいさくても確かなコミュニティーの中で。
些細な出来事の中で。
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