いちじゅうひゃくせんまんじゅうまんひゃくまん… ― 2009年11月13日

仏像を見てきました。
「大佛師 松本明慶 佛像彫刻展」
(東武百貨店 船橋店 ~17日)
写真は入場券。
池袋で開催のときは知らず、
京都のときは腰痛で動けず、
宇都宮のときはエネルギー不足で動けず、
そして、船橋。
勢いのあまり、初日に行ってしまいました。
会場は一種独特な空気に満ちておりました。
仏像をはじめ、展示されている作品は販売されています。
なかには「参考作品」として値段のないものもありましたが、
「ご注文・ご相談を承ります」の表示もあり、
「商談コーナー」らしき椅子とテーブルもありました。
買いに行ったわけではありませんが、
ちなみにおいくら?と値段を見ましたら、普段見慣れない桁数。
いちじゅうひゃくせんまん…と数えて、せんまん…。
いっ!せん!まん!
正確には10,500,000円。
おそらく、消費税込。
最初は驚きましたが、
そのうち、
そんなものなのね、と慣れてきました。
ほとんどのものは数百万円。
百万しないものもいくつかあって、
それは値段の桁が少なくて、
なぜだかほっとする奇妙な感覚に陥ってしまいました。
もちろん、お買い上げになった方はいらして、
一千万近くのものにも、お買い上げ赤丸シールが貼ってあります。
なかには、5個の赤丸シールがあるものもありました。
初日、オープンして4時間ほどなのに…。
あまりの高額に、
買うとか買わないとか、
欲しいとか欲しくない、などという考えそのものがなくなって、
ただ、見ておきたいという思いだけで会場を歩きました。
一度、この目で見たかったのです。
松本明慶氏の仏像。
とその色、「彩色」を。
それはもう何年もココロの底に沈めていた願いでしたが、
なぜだかふと、思い出して検索したところ、
今回の彫刻展の情報を得たのです。
京都に美術館があることも知りました。
そして実際に目の当たりにした「彩色」は、
すばらしい、とか、すごい、とか、きれい、とか、うつくしい、とか、
そのような言葉では伝えきれません。
それはまるで、この世のものとは思えない景色でした。
これまで、見たことがない景色。
これからも、見ることのない景色。
おそらく、
この先機会があって、何度も見ることができたとしても、
その時々で違う景色を見ることになるような気がするのです。
それは、私の内なる景色なのだと思います。
それが、「あちら」の景色というのなら、
引き続き、
生きていくことの迷いさえ無くしてしまえる、とさえ思えます。
仏像って、そういう力のあるものなのかもしれません。
畏れ入りました。
たいへんよいものを拝見させていただきました。
「大佛師 松本明慶 佛像彫刻展」
(東武百貨店 船橋店 ~17日)
写真は入場券。
池袋で開催のときは知らず、
京都のときは腰痛で動けず、
宇都宮のときはエネルギー不足で動けず、
そして、船橋。
勢いのあまり、初日に行ってしまいました。
会場は一種独特な空気に満ちておりました。
仏像をはじめ、展示されている作品は販売されています。
なかには「参考作品」として値段のないものもありましたが、
「ご注文・ご相談を承ります」の表示もあり、
「商談コーナー」らしき椅子とテーブルもありました。
買いに行ったわけではありませんが、
ちなみにおいくら?と値段を見ましたら、普段見慣れない桁数。
いちじゅうひゃくせんまん…と数えて、せんまん…。
いっ!せん!まん!
正確には10,500,000円。
おそらく、消費税込。
最初は驚きましたが、
そのうち、
そんなものなのね、と慣れてきました。
ほとんどのものは数百万円。
百万しないものもいくつかあって、
それは値段の桁が少なくて、
なぜだかほっとする奇妙な感覚に陥ってしまいました。
もちろん、お買い上げになった方はいらして、
一千万近くのものにも、お買い上げ赤丸シールが貼ってあります。
なかには、5個の赤丸シールがあるものもありました。
初日、オープンして4時間ほどなのに…。
あまりの高額に、
買うとか買わないとか、
欲しいとか欲しくない、などという考えそのものがなくなって、
ただ、見ておきたいという思いだけで会場を歩きました。
一度、この目で見たかったのです。
松本明慶氏の仏像。
とその色、「彩色」を。
それはもう何年もココロの底に沈めていた願いでしたが、
なぜだかふと、思い出して検索したところ、
今回の彫刻展の情報を得たのです。
京都に美術館があることも知りました。
そして実際に目の当たりにした「彩色」は、
すばらしい、とか、すごい、とか、きれい、とか、うつくしい、とか、
そのような言葉では伝えきれません。
それはまるで、この世のものとは思えない景色でした。
これまで、見たことがない景色。
これからも、見ることのない景色。
おそらく、
この先機会があって、何度も見ることができたとしても、
その時々で違う景色を見ることになるような気がするのです。
それは、私の内なる景色なのだと思います。
それが、「あちら」の景色というのなら、
引き続き、
生きていくことの迷いさえ無くしてしまえる、とさえ思えます。
仏像って、そういう力のあるものなのかもしれません。
畏れ入りました。
たいへんよいものを拝見させていただきました。
コメント
_ y0y ― 2009年11月15日 09:20
_ ながみ ― 2009年11月15日 16:00
y0yさま
私も出会いはテレビでした。
つい先日も偶然見ました~。
彩色師・長谷川智彩さんのファンでございます。。。
私も出会いはテレビでした。
つい先日も偶然見ました~。
彩色師・長谷川智彩さんのファンでございます。。。
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運慶系列の仏師さんのようでTVで紹介されており 観てみたかったのです。
キチンと彩色された仏像は現代物でないとお目にかかれません。
でもやっぱり「0」が沢山でしたか…
「壊れても仏像」 飯泉太子宗 白水社 も楽しい本でした。