閉じます閉めます鍵かけてやるぅ ― 2010年05月03日
連休ですね。
いいお天気で。
私は今日からおうちでおこもり。
長い間、
見て見ぬふりしていた所の掃除をする予定です。
近頃、とある出来事があって、
これまでのことと、
これからのことと、
今、のことを繰り返し考えています。
いつもの、馴染みの落ち込み、とか、凹み、とかとはちょっと違って、
そのことを、
誰かに聞いてもらいたい、とか、
聞いてもらうとすっきりするのに、
とかっていう感じではありません。
話すと、
というか、
話そうとすると、
その場で立ちすくんでしまうのです。
結局。
と、今朝、
目が覚めた布団のなかでふと思いました。
自分を大切にすることを知らないから、
他者のため、といいながら、
実は知らずに、
自分と、
他者の両方を傷つけてしまうのです。
つまり他者である私は、
傷ついた、んです。
そうね。
それは覚悟でやってきたことですけど、
今回は、取り返しがつかない、ような気がします。
いや、後に修正はできるのでしょうけど、
この事態に関しては、これでおしまい、にするしかありません。
自分を大切にしていいんだと、
ずっと、
言葉を尽くして伝えてきたつもりでしたが、
足りませんでした。
なにひとつ、
足りたことなどなかったのかもしれません。
自分を自分で大切にして、
自分を自分で信じることができなければ、
他者もまた、
大切にできないし、
信じることもできないと思います。
だから、
私も信じてもらえていなかった、ということなのでしょう。
「そんなことない!」といわれそうです。
でも、それさえもつらい言葉です。
その人(たち)の、
感情と、
それを伝える言葉が、
ズレていることに私は気づいてしまいました。
感情を言葉で誤魔化すことはできても、
身体は騙せないと思います。
身体の状態や、
行動や、
ふとしたしぐさは、
言葉以上に感情(ココロ)を語るのです。
そのズレに気づいたものの、
それを伝える言葉がみつかりません。
時間もありません。
だから立ちすくんでしまうのです。
立ちすくんだまま閉じることにします。
そして、お掃除です。
いいお天気で。
私は今日からおうちでおこもり。
長い間、
見て見ぬふりしていた所の掃除をする予定です。
近頃、とある出来事があって、
これまでのことと、
これからのことと、
今、のことを繰り返し考えています。
いつもの、馴染みの落ち込み、とか、凹み、とかとはちょっと違って、
そのことを、
誰かに聞いてもらいたい、とか、
聞いてもらうとすっきりするのに、
とかっていう感じではありません。
話すと、
というか、
話そうとすると、
その場で立ちすくんでしまうのです。
結局。
と、今朝、
目が覚めた布団のなかでふと思いました。
自分を大切にすることを知らないから、
他者のため、といいながら、
実は知らずに、
自分と、
他者の両方を傷つけてしまうのです。
つまり他者である私は、
傷ついた、んです。
そうね。
それは覚悟でやってきたことですけど、
今回は、取り返しがつかない、ような気がします。
いや、後に修正はできるのでしょうけど、
この事態に関しては、これでおしまい、にするしかありません。
自分を大切にしていいんだと、
ずっと、
言葉を尽くして伝えてきたつもりでしたが、
足りませんでした。
なにひとつ、
足りたことなどなかったのかもしれません。
自分を自分で大切にして、
自分を自分で信じることができなければ、
他者もまた、
大切にできないし、
信じることもできないと思います。
だから、
私も信じてもらえていなかった、ということなのでしょう。
「そんなことない!」といわれそうです。
でも、それさえもつらい言葉です。
その人(たち)の、
感情と、
それを伝える言葉が、
ズレていることに私は気づいてしまいました。
感情を言葉で誤魔化すことはできても、
身体は騙せないと思います。
身体の状態や、
行動や、
ふとしたしぐさは、
言葉以上に感情(ココロ)を語るのです。
そのズレに気づいたものの、
それを伝える言葉がみつかりません。
時間もありません。
だから立ちすくんでしまうのです。
立ちすくんだまま閉じることにします。
そして、お掃除です。
「こどもの日」なのでホットケーキ ― 2010年05月05日

連休も最終日となりました。
いつもよりは遅く、
でも、
お休みの日にしては早起きして、
朝ごはん、どうしようか~と台所でしばし思案し、
そういえば今日は「こどもの日」!
なのでホットケーキを焼きました。
焼きながら朝の家事を同時進行。
今日は、暑いくらいのいい天気になりそうです。
起きてくる気配のないカメ係を待たず半分食べて、
パソコン立ち上げたところでカメ係が起きてきました。
そしていきなり、昨夜、午前3時にたどりついたという結論について激白。
どうやら、
カメ係のなかで起きていた地殻変動が、
収束にむかいつつあるようだとわかりました。
って、そんなガッツリ考え続けていたのね。
少々驚きましたが、
言葉で語ることができてなにより。
まずはよろしゅうございました。
そして聞かせていただいてありがとうございました。
おかん冥利に尽きます。ね。
我が家的地殻変動はいまだ初期微動中ながら、
とりあえず、
同時進行的に起きていた変動の一つが落ち着いた様子に安堵し、
「まぁ、ホットケーキ焼いたから食べ。
今日はこどもの日やし」と言うも、
「それってなんのつながり?」とかわされ、
残りのホットケーキはいまだお皿の上に。
ところで、
私の“立ちすくみ”は、その後の気合の大掃除気分転換のおかげか、
“しばらくここで座っとこ”ぐらいな感じになってきました。
言葉も、私のココロに浮かんでくるようになりました。
それは、
問題(私が問題としていること)が、見えてきたということでしょう。
だからといって、どうすることもできませんけど。
他者である私に見えたからといって、
それを伝えたところで、
当人が見たくなければ、
なにも、見えない、のですから。
そうやって、
私の言葉はどれもこれも宙に漂ったままで、
これまでも、
その人(たち)のココロには何の像も結ばなかった。ということです。
そのことに傷ついたわけではありません。
傷ついたのは、もっと簡単なことです。
案外、そんなものなんでしょうね。
えっ?そんなことで?
というようなところで、私は傷ついたのです。
それがあまりに簡単なところだから、
修行が足りない、とか、未熟、だとか、というよりも、
人間って、そういう単純でわかりやすいものなのかも~って、
逆に、気楽になります。
あの人(たち)だって、きっとそうなのだと思います。
けど。
見ようとしないのですから。
見たくない気持ちもわかります。
見たいのは、きっと、
正しくて立派で優等生な自分なのでしょう。
そうでなければならない事情もわかります。
正しくなくて立派でなくて優等生ではない私を、
私はもうとっくに見つけていますが、
それをも含めた私を、
私は大切にしたいのです。
それも私。
それが私。
ここで座っているのがしんどくなったら、
次はごろんと横になろうと思います。
お腹すいたら、残りのホットケーキ、食べます。
いつもよりは遅く、
でも、
お休みの日にしては早起きして、
朝ごはん、どうしようか~と台所でしばし思案し、
そういえば今日は「こどもの日」!
なのでホットケーキを焼きました。
焼きながら朝の家事を同時進行。
今日は、暑いくらいのいい天気になりそうです。
起きてくる気配のないカメ係を待たず半分食べて、
パソコン立ち上げたところでカメ係が起きてきました。
そしていきなり、昨夜、午前3時にたどりついたという結論について激白。
どうやら、
カメ係のなかで起きていた地殻変動が、
収束にむかいつつあるようだとわかりました。
って、そんなガッツリ考え続けていたのね。
少々驚きましたが、
言葉で語ることができてなにより。
まずはよろしゅうございました。
そして聞かせていただいてありがとうございました。
おかん冥利に尽きます。ね。
我が家的地殻変動はいまだ初期微動中ながら、
とりあえず、
同時進行的に起きていた変動の一つが落ち着いた様子に安堵し、
「まぁ、ホットケーキ焼いたから食べ。
今日はこどもの日やし」と言うも、
「それってなんのつながり?」とかわされ、
残りのホットケーキはいまだお皿の上に。
ところで、
私の“立ちすくみ”は、その後の気合の大掃除気分転換のおかげか、
“しばらくここで座っとこ”ぐらいな感じになってきました。
言葉も、私のココロに浮かんでくるようになりました。
それは、
問題(私が問題としていること)が、見えてきたということでしょう。
だからといって、どうすることもできませんけど。
他者である私に見えたからといって、
それを伝えたところで、
当人が見たくなければ、
なにも、見えない、のですから。
そうやって、
私の言葉はどれもこれも宙に漂ったままで、
これまでも、
その人(たち)のココロには何の像も結ばなかった。ということです。
そのことに傷ついたわけではありません。
傷ついたのは、もっと簡単なことです。
案外、そんなものなんでしょうね。
えっ?そんなことで?
というようなところで、私は傷ついたのです。
それがあまりに簡単なところだから、
修行が足りない、とか、未熟、だとか、というよりも、
人間って、そういう単純でわかりやすいものなのかも~って、
逆に、気楽になります。
あの人(たち)だって、きっとそうなのだと思います。
けど。
見ようとしないのですから。
見たくない気持ちもわかります。
見たいのは、きっと、
正しくて立派で優等生な自分なのでしょう。
そうでなければならない事情もわかります。
正しくなくて立派でなくて優等生ではない私を、
私はもうとっくに見つけていますが、
それをも含めた私を、
私は大切にしたいのです。
それも私。
それが私。
ここで座っているのがしんどくなったら、
次はごろんと横になろうと思います。
お腹すいたら、残りのホットケーキ、食べます。
「第2回 月夜の幻燈会 雪わたり」 ― 2010年05月07日

幻燈会のお知らせです。(写真はチラシ)
「第2回 月夜の幻燈会 雪わたり」
5月9日(日) 午後7時頃~7時40分(予定)
小平市立中央公園 雑木林
入場無料 (投げ銭歓迎!)
作:宮澤賢治
画:小林敏也
朗読:鍵本景子
笛:植松葉子
パーカッション:入野智江
山ねこ、こと、小林敏也さんの、
画本宮澤賢治シリーズ(パロル舎刊)の原画の幻燈会です。
今回は『雪わたり』。
夜のお散歩がてら、どうぞお立ち寄りくださいませ。
「第2回 月夜の幻燈会 雪わたり」
5月9日(日) 午後7時頃~7時40分(予定)
小平市立中央公園 雑木林
入場無料 (投げ銭歓迎!)
作:宮澤賢治
画:小林敏也
朗読:鍵本景子
笛:植松葉子
パーカッション:入野智江
山ねこ、こと、小林敏也さんの、
画本宮澤賢治シリーズ(パロル舎刊)の原画の幻燈会です。
今回は『雪わたり』。
夜のお散歩がてら、どうぞお立ち寄りくださいませ。
愛而知其悪、憎而知其善 ― 2010年05月13日

長年、よそのおうちのお子さんに、本をセレクトしてお届けする仕事をしています。
最近になって我が家のカメ係が、
私の本のセレクトに興味を示すようになりました。
そして、自分にも選んで欲しいとリクエスト。
ジャンルは問わず。
というわけで、
図書館で借りる本の中に、カメ係(大学生男子)にオススメの本も入るようになりました。
いまのところ、児童書・YAのファンタジー物語が多いのですが、
ときどき、変な(?)本も渡しています。
『10代からよむ中国古典(全3巻)』 井出元/監修 ポプラ社
も、そんな本の1冊(3冊)。
①『『論語』にまなぶ人間の品位』 2009/12 (写真)
②『『礼記』にまなぶ人間の礼』 2010/01
③『『老子』にまなぶ人間の自信』 2010/03
漢文苦手の私にとっても興味深い本でしたので、
それぞれが読んで、
それぞれが思うところを得たところです。
私が印象に残った言葉は、
『論語』では、
“知之為知之、不知為不知、是知也”
(これを知るをこれを知ると為し、
知らざるを知らずと為せ。
是れ知るなり。)
『礼記』では、
“楽者為同、礼者為異。同則相親、異則相敬”
(楽は同を為し、礼は異を為す。
同じければ則ち相親しみ、
異なれば則ち相敬す。)
『老子』では、
“上善水如”
(上善は水の若し。)
…はい。新潟の地酒の名前と知っていました。
それでこのたび『老子』の言葉と知りました。
そして、さっそく居酒屋で飲みました~(^_^;)
どの本も、
読み下し文、
原文、
訳文、
解説、
と続きます。
それぞれの中国古典がギュッと濃縮、コンパクトに収められているといった感じなのだと思われます。
解説は、小学校高学年の子でもわかるように、具体的でわかりやすい言葉がならんでいます。
カメ係は、逆にそれが少々鬱陶しいようでした。
確かに、私も思わず苦笑してしまうような解説もあり、
そこまで親切に具体的に説明せんでも…と思うところもありました。
ちょっと意味不明でも、読み下し文を読んだときの心地よさを感じるだけでもいいと思います。
“日未知生、焉知死”
(未だ生を知らず、焉ぞ死を知らん。) (『論語』)
など、いつかどこかで聞いた言葉とも出会い、
ああこれは『論語』かぁ、と、
ちょっとした発見にココロが動くのも楽しい瞬間です。
深く、
深く深く、
物思いに沈み、
気づくと、
迷宮の闇の淵を覗き込んでいる私を見つける日々は今も続いておりますゆえ、
そんな、
わずかなココロの奮えが私を助けてくれています。
とはいえ、この数日は、
お一人さま銀座で映画(「オーケストラ!」)を観たり、
お一人さま吉祥寺(トムズボックス「ささめやゆき展覧会」)、
目白(ポポタム「第2回BBG展参加作家による版画と小品展」)で展示を観たり、
言葉を重ね重ねて会話したり、しています。
“愛而知其悪、憎而知其善”
(愛して而も其の悪を知り、
憎んで而も其の善を知る。) (『礼記』)
闇を覗き込んだ先に出会った言葉、とでもいいましょうか。
ココロの底がざわめき波立ったしだいです。
最近になって我が家のカメ係が、
私の本のセレクトに興味を示すようになりました。
そして、自分にも選んで欲しいとリクエスト。
ジャンルは問わず。
というわけで、
図書館で借りる本の中に、カメ係(大学生男子)にオススメの本も入るようになりました。
いまのところ、児童書・YAのファンタジー物語が多いのですが、
ときどき、変な(?)本も渡しています。
『10代からよむ中国古典(全3巻)』 井出元/監修 ポプラ社
も、そんな本の1冊(3冊)。
①『『論語』にまなぶ人間の品位』 2009/12 (写真)
②『『礼記』にまなぶ人間の礼』 2010/01
③『『老子』にまなぶ人間の自信』 2010/03
漢文苦手の私にとっても興味深い本でしたので、
それぞれが読んで、
それぞれが思うところを得たところです。
私が印象に残った言葉は、
『論語』では、
“知之為知之、不知為不知、是知也”
(これを知るをこれを知ると為し、
知らざるを知らずと為せ。
是れ知るなり。)
『礼記』では、
“楽者為同、礼者為異。同則相親、異則相敬”
(楽は同を為し、礼は異を為す。
同じければ則ち相親しみ、
異なれば則ち相敬す。)
『老子』では、
“上善水如”
(上善は水の若し。)
…はい。新潟の地酒の名前と知っていました。
それでこのたび『老子』の言葉と知りました。
そして、さっそく居酒屋で飲みました~(^_^;)
どの本も、
読み下し文、
原文、
訳文、
解説、
と続きます。
それぞれの中国古典がギュッと濃縮、コンパクトに収められているといった感じなのだと思われます。
解説は、小学校高学年の子でもわかるように、具体的でわかりやすい言葉がならんでいます。
カメ係は、逆にそれが少々鬱陶しいようでした。
確かに、私も思わず苦笑してしまうような解説もあり、
そこまで親切に具体的に説明せんでも…と思うところもありました。
ちょっと意味不明でも、読み下し文を読んだときの心地よさを感じるだけでもいいと思います。
“日未知生、焉知死”
(未だ生を知らず、焉ぞ死を知らん。) (『論語』)
など、いつかどこかで聞いた言葉とも出会い、
ああこれは『論語』かぁ、と、
ちょっとした発見にココロが動くのも楽しい瞬間です。
深く、
深く深く、
物思いに沈み、
気づくと、
迷宮の闇の淵を覗き込んでいる私を見つける日々は今も続いておりますゆえ、
そんな、
わずかなココロの奮えが私を助けてくれています。
とはいえ、この数日は、
お一人さま銀座で映画(「オーケストラ!」)を観たり、
お一人さま吉祥寺(トムズボックス「ささめやゆき展覧会」)、
目白(ポポタム「第2回BBG展参加作家による版画と小品展」)で展示を観たり、
言葉を重ね重ねて会話したり、しています。
“愛而知其悪、憎而知其善”
(愛して而も其の悪を知り、
憎んで而も其の善を知る。) (『礼記』)
闇を覗き込んだ先に出会った言葉、とでもいいましょうか。
ココロの底がざわめき波立ったしだいです。
土日月 ― 2010年05月18日
と、りとるにいました。
急な店番仕事を引き受けたので、
私的・我が家的用事は棚上げ。
私的・我が家的用事は棚上げ。
それでなくても棚上げ棚には案件がぎっしり棚上げしてあり、、、
あっ、
一つ用事を思い出しました!
あっ、
一つ用事を思い出しました!
(V)o¥o(V)
電話しました。
明日の段取りOKです。
あっ、
も一つ用事を思い出しました!!
(V)o¥o(V)
(V)o¥o(V)
メール送信しました。
・・・。
この件で、イモヅル式に用事を思い出してしまいました。
・・・・・・・・・。
このあと、一つ一つやっていきます。。。
そんなりとるの店番中、
レジから見える玉川上水の、緑の光に癒されていました。(写真)
レジから見える玉川上水の、緑の光に癒されていました。(写真)

一見お客さまとのちょっとした会話や、
お久しぶりにお会いした人との長話しが、
いつもの私を呼び戻してくれました。
お久しぶりにお会いした人との長話しが、
いつもの私を呼び戻してくれました。
その前の金曜の夜には、
下北沢「ラ・カーニャ」(写真は入り口の看板)

でのライブ(ハンズ・アラキ)にお誘いいただき、
たっぷりゆったり贅沢な音楽のシャワーに身をゆだね、
そこでもお久しぶりにお会いできた人たちと、
ゆるやかな時間を過ごすことができていました。
たっぷりゆったり贅沢な音楽のシャワーに身をゆだね、
そこでもお久しぶりにお会いできた人たちと、
ゆるやかな時間を過ごすことができていました。
そして日曜の夜には、
夕食の仕度を引き受けた、はずのカメ係から緊急(?)事態の連絡が入り、
それじゃあ、と阿佐ヶ谷で待ち合わせて「對山館」でカレーを食べることにしました。
ここでは、山川直人さんがグループ展で作品を展示されていました。
第1回ホームシック・ギャラリー倶楽部展
「つられない魚であること」 (~5/26)
「對山館」には何度か行ったことがあったものの、カレーを食べたのは初めて!
評判通りの美味しいカレーを、展示作品を見ながらいただき、
山川さんの自費出版本
『不思議少女になりたい願い』 山川直人 2010/05 (写真)

を買いました。
そしてりとるで、
ライブ会場で買ったCD
『little fires』 hanz araki (写真)

を繰り返し聞き聞き、
『不思議少女になりたい願い』を読んで、ほっこりゆるんでおりました。
『不思議少女になりたい願い』を読んで、ほっこりゆるんでおりました。
✿✿✿
おそらく、私は私に戻ったようです。
まだ一部戻りきらないところもありますが、
それはきっと、私の変化(あるいは成長?)となったところなのでしょう。と思っています。
まだ一部戻りきらないところもありますが、
それはきっと、私の変化(あるいは成長?)となったところなのでしょう。と思っています。
変わったところと変わらないところ。
のなかで、
変わらない思いを確認できたのはよかった。かな。
むか~しむかしの最初から、変わらないことは変わらない、のかしら。
引き続き、ご面倒をおかけしそうです。 けど。。。(~_~;)
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